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「真面目」について考えてみた


こんにちは!小野寺幸太郎です。

 

昨日は娘のミニバスの夏季大会でした。

 

僕の両親も初めて見に来てまして、1試合だけでしたがとても嬉しそうでしたね!

 

娘はじいじばあばが見に来ていることを知らなかったらしく「おとうさんの隣になんか変な人がいるとおもったらじいじだった(笑)」とあとから言っていました(笑)

 

ジャケットに丸縁のサングラスというマフィアのような恰好だったので無理もないですね( ゚Д゚)

 

娘は試合には出ますがまだ戦力にはならないのでボールは持てず、ほとんど高学年の子たちでプレイをしている状態ですね。それが良いか悪いかは置いといて「にも関わらず声出して一所懸命走り回っていて偉いな」というのが娘に対して思ったことです。

 

今回なんか6分間でボールには全く触れていませんからね。ふて腐れてもおかしくないはずですが、それでも一所懸命にマークしたり声を出したりし続けるのは姿勢は素晴らしいと、親バカかもしれませんがそう思います。

 

これは自慢であり自虐でもありますが、私は学生時代から「真面目」と言われることが多かったと記憶してます(※たまに今でも(笑))誉め言葉の時もあれば揶揄のニュアンスが含まれていたこともあったと思いますね( ゚Д゚)

 

余白がない、遊びがない、良くも悪くも無駄がない、ふざけない、という感じでしょうか。

 

高校時代はテニス部に所属していたのですが、冬期間は練習できない為、放課後の廊下や階段を使って縄跳びや階段駆け上がりなどの超地味なトレーニングでしたが(笑)先輩や後輩が他の部に遊びに行っている中、私だけが、指示されたメニューをひたすらやっていた記憶があります…。まぁ流れ的に私が次期キャプテンだったので、高校生なりに「ちゃんとしなきゃ」という気持ちが強かったのだと思います。

 

ただそういう良くも悪くも真面目な私の性質は、間違いなく今の仕事には影響していると思います。

 

誰も不真面目な人にからだを預けたいとは思いませんし、相談したいとも思いませんから。

 

また真面目だからこそこうやって開業前から3年間コラムやブログを書き続けることができていますし、真面目だからこそ自分の人生を真剣に考えて、そして行動してきたと思っています。もちろんそこには周囲の方のサポートありきです。

 

でも全部が全部真面目ではいけませんよね!仕事はド真剣バカ真面目だけど、時と場によっては周囲を笑わせたり、思いっきり楽しんでふざけたりして。仕事は当然できるけどどこかチャーミングで、人間的に幅と魅力を感じる人、を目指したいですね!

 

話が逸れましたが「斜に構えず目の前のことに一所懸命取り組む姿勢」というのは、その時だけでなく、自分のその後の人格形成や習慣にも大きく影響を及ぼすと思います。

 

そして「継続する習慣」というのは勉学でもスポーツでも仕事でもからだづくりでも、何にでも重要だし、原則だと思います。継続できる人とできない人では長期で大きな差が出ますから。

 

娘も、身体と共に心も成長して色々なことが考えられるようになってくると思いますが。

 

目の前のことに一所懸命に取り組む姿勢と、継続する習慣は忘れないでほしいですね!

 

私においては、仕事やメンバーさんの成果など真面目にやるべきところはド真剣バカ真面目を発揮して

 

ある程度どうでもいいところはたまに抜いたりと、適宜ギアチェンジできるようにしたいですね!

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。それではまた。